『仙人』の肛門が僕に教えてくれた幸せが拡がる方程式

僕は幸せが拡がる方程式おっさんの仙人の肛門と対面したときに学びました。

ここで綴るのは、僕が大衆浴場で仙人の肛門と出会ってから色々と考え、

  • 幸せに繋がる情報を共有して人に伝えて受け入れられると、伝えた本人の幸せは増す
  • その情報を人に伝える事で枝状に幸せが広がっていく可能性がある

ということに気付くまでの話です。

肛門だなんだ書くと「何をふざけているんだ」と言われそうですが、結構まじめな話だったりしますです。

全裸のおっさん仙人の肛門が教えてくれた幸せについての大切なこと

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僕は週末によく大衆浴場に行きます。
僕にとって大衆浴場に行くことは大切な習慣になっておりまして。

僕はウェブ屋なのもありますが、パソコン中毒で、スマホはいつも手放せません。
自宅の風呂にもスマホを持ち込んでいます。

そんな僕が唯一パソコンもスマホも手放せる場所、それが大衆浴場なのです。

そんなよく行く大衆浴場で、僕は仙人と出会いました。

大衆浴場で仙人と出会う

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去年の夏から秋にかけて仕事が多忙になり、僕は文字通り仕事の奴隷と化していました。
大衆浴場に行くようになったのは、土日も仕事をして自宅でため息ばかりついている僕を、妻が連れ出してくれたのがきっかけ。
僕らがよく行く大衆浴場は、内湯と露天風呂・サウナがあります。

そんな大衆浴場に行くたびに毎回見かける人で、その見た目から覚えた人がいます。
頭はツルツルで毛が無いのですが、中国の絵に出てきそうな白い長いあごヒゲを蓄えた老人です。
僕は彼を『仙人』と密かに呼んでいました。

僕は彼が露天風呂のほうで体操しているのをよく見かけていました。
老人の割に骨格がしっかりしており体格がよく、マタギのようにも見えます。

『仙人』の肛門と突然のご対面

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とにかく仕事に打ちひしがれてボロボロになっていたある日、僕は妻と大衆浴場に行きました。

僕は露天風呂の寝湯が好きで、その日も寝湯に寝転がって空を眺めていました。
僕が唯一パソコンもスマホも手放せる場所が大衆浴場で、そうすることが僕にとって大切な行為だと先に書きましたが、この頃の僕は通信機器を手放しても始終仕事のことを考えてしまっていたので、寝湯に浸かっていても気持ちは落ち着いていませんでした。

寝湯に浸かったまま空を仰いでいるものの、仕事のタスクなどを常に頭の中で考えてしまうのです。
考えたくなくても、考える必要がなくても、仕事のことを考えてしまう。
とにかく悩まされていました。

後から妻に言われたのですが、この頃の僕は休日でもほとんど笑っていなかったそうです。

そんな寝湯に浸かって空を仰いでいるところに、突然思わぬ出会いがあったのです。
僕が寝湯に浸かっていると、寝湯の前の通路を歩いてくる人が視界に入りました。

『仙人』でした。

『仙人』は歩いてくると、僕の目の前で僕に背を向けて立ち止まり、急に体操を始めます。

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最初は伸び(ラジオ体操の最初のやつ)あたりから始まると思いきや、なんとしょっぱなから前屈運動でした。

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『仙人』はもちろん裸なので、僕からは彼の肛門が丸見えです。
寝湯から寝っ転がって見ているので、角度もバッチリ。

その頃の僕は、周りの人が笑っていても一緒に笑えない自分に気付いていました。

それにも関わらず、『仙人』の肛門が「こんにちは」した瞬間に僕は堪えられず笑いました。
大衆浴場だったので、手ぬぐいを顔にかぶせて声をころして笑いました。

あー、あれは腹痛かった。

ひとしきり笑った後に、自分の顔がそれまで強張っていたことに気付きます。
また、笑ったことで、どうやっても頭から離れなかった仕事のことを考えていないことにも気付いたのです。

『仙人』の肛門との出会いを妻に伝えてみた

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風呂からあがると、僕は妻に早速風呂場で起こった話をしました。

その頃、妻といてもうまいこと笑えない自分に引き目も感じていたため、風呂でも仕事のことを考えていた自分を自虐的に捉えながら、『仙人』の肛門との出会いまでの一部始終を妻に伝えました。

実際に見ると苦しい部分もあるおっさんの肛門ですが、話となれば当然面白く捉えられます。
妻は大いに笑い、「次も会えたらいいね」と言ってくれました。

妻の笑顔を見て、僕も嬉しかったのを覚えています。

『仙人』の肛門との出会いが大切なことに気付かせてくれた

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大衆浴場からの帰り道、自転車をこぎながら僕は浴場での出来事を思い出していました。
晴れた天気がそうさせたのかもしれませんが、僕は幸せを感じていました。

考えてみると、明らかに『仙人』の肛門との出会いがそうさせたに違いないのです。

そう、屈強な体つきをした年老いたおっさんの肛門を見たことがきっかけになり、僕は幸せを感じていたのです。

僕が幸せを感じたのには、2つの大きな理由が挙げられると考えました。

  • 老人のおっさんの肛門を見て「おもしろい!」と思えたこと
  • その「おもしろい!」と思った出来事を他人と共有したこと

「おもしろい!」と思えるか思えないか

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”老人のおっさんの肛門を見て「おもしろい!」と思えたこと”ですが、老人のおっさんの肛門を見た段階で、2種類の反応があると思います。

その反応次第で、その後の展開が大きく変わります。

ポジティブな感情による反応

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これは僕がとった反応と同じで、「おもしろい」や「楽しい」といった気持ちを抱く反応です。

今回、おっさんの肛門の「こんにちは」の段階で僕は「おもしろい」と思えました。
そうできたことで下記のような効果がありました。

  • どうやっても頭から離れなかった仕事のことを忘れられた
  • ポジティブに捉えられたことで次につなげることができた

ネガティブな感情による反応

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逆に「汚い肛門見せるなよ」「人にケツを向けるなよ」といったネガティブな感情だった場合、ポジティブな感情で得られるような効果は得られなくなります。

その場から進展することなく、気持ち的にも変わらないか、もしくは悪くするとさらに嫌な気分になってしまいます。
ネガティブな感情で捉えた後は、ネガティブな感情で吐き出すことが多くなるはずです。

僕の場合は、ポジティブに受け取ることができたため、次に繋げることができたのだと考えました。

楽しいと思うことは幸せなこと。それを人に伝えることの大切さ。

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“その「おもしろい!」と思った出来事を他人と共有したこと”ですが、ポジティブな感情で受け取れた出来事は、人に伝えたいと自然に思うはずです。
僕はそう思ったので、妻に伝えたのだと気付いたのです。

「楽しい」「嬉しい」「おもしろい」といった幸せに繋がる情報は共有することでより幸せに感じるのだと考えます。

これは逆でも同じようなことが言えます。

ネガティブな感情で捉えたことを人に伝えた場合、それはよりネガティブな感情となり相手に伝わり、そして自分に戻ってくるのではないでしょうか。

気持ちを「開いておく」ことの必要性

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ポジティブな感情による反応をとるためには、心を「開いておく」必要があると考えます。 僕は海外に住んでいるときは、この「開いておく」ことができていたのですが、日本にいることで完全に「閉じて」いました。

幸運なことに『仙人』の肛門と出会ったときは、僕はたまたま心を「開く」ことができたのです。

そのおかげで、僕は小さくとも幸せを感じることができました。

『仙人』の肛門との出会いから学んだ幸せが拡がる方程式

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こうして、『仙人』の肛門との出会いは僕自身に大切なことを気づかせてくれましたが、もうひとつ大事なことを僕は教わったと思っています。

それは、幸せが拡がる方程式です。
幸せが拡がる方程式というと大仰に聞こえますが、根本的には気づいていたことを再確認したにすぎません。

今回、『仙人』の肛門を見て「おもしろい」と思った僕は、妻にその出来事を話し、その結果妻も「おもしろい」と笑ってくれました。 この結果、

  • 僕 → 「おもしろい」と感じたから幸せ。さらに妻が笑ってくれてなお幸せ。
  • 妻 → 「おもしろい」と感じたから幸せ。

といった形になりました。

これで気付いたのは、

  • 幸せに繋がる情報を共有して人に伝えて受け入れられると、伝えた本人の幸せは増す
  • その情報を人に伝える事で枝状に幸せが広がっていく可能性がある

ということです。

今回の話でいえば、妻がこの後友人に『仙人』の肛門との出会いの話をして楽しく話せたとしたら、その友人の幸せは妻の幸せになるのではないかと考えたのです。

つまり、 自分の幸せ = (自分の幸せ + 他人の幸せ) となります。

SNSにみられる情報共有の根本的な目的とは

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さて、幸せが広がる方程式について考えていたとき、現存しているコミュニケーションサービスの情報共有も同じような目的から始まったのではないかと考えました。
FacebookなどのSNSの根本的な情報共有の目的も同様だったのではないでしょうか(SNSが人と人とのつながりを促進・サポートするものであるのは承知の上ですが、ここでは情報共有の話です)。

  • 「楽しい」ことを伝えるのは、その情報を見て他人が「楽しい」と思って欲しいから
  • 「嬉しい」ことを伝えるのは、その情報を見て他人が「嬉しい」と思って欲しいから
  • 「おもしろい」ことを伝えるのは、その情報を見て他人が「おもしろい」と思って欲しいから

上記のようにポジティブな感情を伝えたいのは「自分の幸せを人にも感じて欲しいから」だと思います。

そして、その感情を共有した相手からポジティブな反応があった場合、より幸せを感じます。
これはFacebookの「いいね!」などに繋がります。

僕も仕事柄SNSに日頃触れていますが、この根本的な目的については、考えていないとは言わないですが、考えないようにしていたように思えました。

多くの場合、SNSは自分自身を着飾るための単なる『道具』として使われているように思えます。
しかしながら、当たり前ですが、SNSは相手がいなくては始まりません。
相手の幸せを考えて情報を共有したら、「素敵なことが起きるのかも」と考えています。

このブログもより幸せになれる情報を共有できるようにできる限り頑張っていこうと、この文章を書いていて改めて決意しております。
難しいですけどね。

最後に

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ここに綴ったことは、結局最初の段階でポジティブに捉えられなければそれで終わりになってしまった話です。
最初の段階で終わってしまうということは、そこからの拡がりも生まれるはずもありません。

幸せを感じ、拡げるためにも、常に心を開いて生きていきたいものです。

僭越ながら。

※肛門、肛門としつこく書いてしまったので、綺麗な画像を多めに使ってお送りしました

筆者について

筆者について


1982年、東京下町生まれ。
高校卒業後、アメリカへ留学。その後、「アートが根付いた国では絵だけで食えるのか」を確認するため、ドイツベルリンにてアート活動をおこなう。

日本に戻ってからは、コーディング・オーサリング・プログラミングなんかを経て、ウェブディレクターを肩書きにしておりました。現在は独立し、ブログやサイトの運用を軸に、ウェブサイトの企画提案からデザイン・構築まで手広く活動しております。何でも屋です。

isLog〜イズログ〜では『日々生きること自体が旅』をモットーに、日々の旅を中心に綴っています。

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