読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

isLog [イズログ]

isLog〜イズログ〜は『日々生きること自体が旅』をモットーに、僕ishikawaが感じていること・おすすめしたいこと・ウェブなどの技術で共有したほうが良いと思うことについて日々綴っているブログです。

MENU

『ザリガニはかせ』と呼ばれていた幼い頃の僕の話

ライフスタイル

f:id:islog:20151231072841j:plain

ザリガニを見ると捕まえたくて仕方がない欲求に駆られます。
これはもう、本能的なもので。

猫が鳥をみて「カッカッ」といっているときのように、周りが一瞬見えなくなってしまったかのごとく、ザリガニに意識が集中してしまうのです。

捕まえたい。捕まえたい。捕まえたい。

そういえば僕は、小学生の頃、『ザリガニはかせ』と呼ばれてことがあったのでした。

毎日泥だらけだった『ザリガニはかせ』

僕がまだ千葉に住んでいる頃、小学校1年生のときでした。
とある日、『川で遊ぶ』という素敵な授業がありました。

通っていた小学校のすぐそばを川(そこまで綺麗ではない用水路のような小川でした)が流れており、その川で生き物を探そうっといった趣旨。
理科の授業だったと思います。

その授業の前日に授業内容の説明がありました。
興奮したのを覚えています。

やった

授業中に「遊んで」いいんだ。

勉強が大嫌いだった

その頃の僕は、勉強が大嫌いで、遊ぶのが大好きでした。
今よりもずっと、自由だったと思います。
いや、自由かどうかはわからないですが、今よりも思うままに行動していたはずです。

宿題なんかしたことありませんでした。
勉強ができませんでした。

成績はひどいもの、いわゆる劣等生でございます。

その分、周りにいる誰よりも自然と遊ぶことは得意だったと思います。
皆が家で宿題をしている間、外で遊んでいたからでしょうw

学校では休み時間と給食を唯一の楽しみとし、学校が終われば誰よりも先に飛び出して自宅まで走って帰り、ランドセルを放り投げて遊びに行っていた僕。

そんな中で訪れた『川で遊ぶ』という授業は、僕にとって朗報でした。

『ザリガニはかせ』始動

『川で遊ぶ』という授業が担任の先生から発表された瞬間、クラスの中は歓喜の声に包まれました。

騒ぐ生徒を落ち着かせて、先生は授業の趣旨を説明し始めます。
内容ははっきりと覚えていませんが、先生が「川でザリガニを捕まえましょう」と言ったときのことです。

生徒のひとり、僕とよく川で遊んでいた友人が、僕の名前を挙げて突然僕がザリガニを捕まえるのが上手い『ザリガニはかせ』だと言ったのです。

普段勉強を全くしない、いわば問題児である僕の名前が挙がったこともあってか、先生もその発言に便乗してきました。

では、明日はザリガニはかせに捕まえ方を教えてもらいましょう

『ザリガニはかせ』なんてそれまで言われたこともなかったですが、ザリガニを捕まえるのは毎日やっていることで自信がありました。バケツ一杯に釣っていたくらいです。
何より、怒られるときしか授業中に注目を浴びることのなかった僕は大いに気分が良くなり、その提案に真正面から乗っかりました。

ザリガニはかせ、始動です。

『川で遊ぶ』という授業

授業当日、僕はクラスメートに朝から声をかけられます。

ザリガニはかせ!

すでに僕のニックネームは『ザリガニはかせ』になっていました。
声をかけられて皆の期待を受けるたびに僕は舞い上がっていきました。

いつもは退屈な学校が、その日は楽しく感じられました。 『川で遊ぶ』授業は午後だったので、午前中はワクワクして、いてもたってもいられなかったのを覚えています。

午後になり、先生を先頭に学校の外の川まで2列になって向かいます。

皆の手にはザリガニ釣り用の竿。
1メートルちょっとの棒の先に凧糸が結ばれ、糸の先にはスルメが結ばれています。

川に着くと我先にと皆が糸を垂らします。

それを横目に見つつ、友人と僕は川にかかる小橋の下に降りて行きました。
ザリガニを捕まえるには場所が大事なのです。

僕はザリガニが好む場所がどこか、経験からわかっていました。

調子良くザリガニを釣っていると、なかなか釣れないクラスメートたちが橋の下に集まってきます。
あっという間に橋の下は人で溢れました。

クラスメートのひとりが、「もっと釣れるところないの?」と聞いてきます。

一番釣れるところ

「あるよ」

僕はそう言い、川の中に入りました。
川の中程に子供ひとりがやっと立てるくらいの小島のようになっているところがあり、その周りにザリガニが集まっているのでした。

川は浅いので膝上に水が届かない程度でしたが、あまり綺麗ではなかったのでヘドロに足が埋まります。

僕は自然にやった行為だったのですが、足を水に入れた途端、ルームメイトが騒ぎ始めました。
「水の中に入った!」と叫んでいます。

先生が気付いて声を荒げたときには僕は小島の上にいました。

戻りなさいっ!

「大丈夫、毎日やってるから」と意に介さない僕は、結果的に数十匹のザリガニを捕まえました。

授業が終わった後、先生に一度家に帰り着替えてくるように言われました。
先生から電話で説明を受けていた母は、玄関先で待ち構えており、まさに鬼のごとく怒っていました。

僕は、なんだ、ザリガニはかせと言うからたくさん捕まえて皆に見せたのに、こんな風に言われるならやらなきゃよかった、と感じた記憶があります。

しかし、先生はただ怒るといった感じではなく丁寧に話してくれた記憶があります。
結局、東京に僕が引っ越してからも、僕が成人するまで、毎年、年賀状を送ってくださいました。

また、着替えて教室に戻った僕を待ち構えていたのは、クラスメイトの賞賛の声でした。
放課後、皆でザリガニを捕まえに行ったのを覚えています。

『ザリガニはかせ』はいなくなった

僕は、割合思うままに行動していました。

靴下は足の裏の感覚が鈍くなってつまらないから、真冬でも裸足で靴を履いていました。
靴下がないほうが踏んだ石の形や地面の熱さがよくわかるのです。

習字を習っていたのですが、いつも全身墨だらけになりました。
汚れることを気にしないで書いたほうが楽しいからです。

靴は毎日泥だらけにしていました。
水溜まりの中でも泥の中でも、入りたいところには入ったからです。

誰も歩かないところを歩くのが好きでした。
高いところから落ちると怖くて痛いことを僕はよく知っていました。

取っ組み合いの喧嘩をよくしていました。
1対1の喧嘩の後は、むしろ仲良くなれることに僕は気付いていました。

それが小学校3年生の時に東京に引っ越して一変します。

見っともないからと靴下を履かされるようになり、学校の習字の時間には周りを汚すなと注意され、靴は次第に綺麗なままになり、皆が歩かないところは危ないからと歩くことを止められ、喧嘩は多数が言葉を用いてするだけの一方的なものに変わりました。
その変化にだいぶ戸惑った記憶があります。
遊びに制限ができるようになり、僕は勉強をするようになりました。

東京にはザリガニがあまりいません。
ザリガニはかせ』もいつからかどこかに消えました。

それがついこの間、都内の人口の小川でザリガニを見かけたとき、捕まえたくて仕方がなくなったのです。
本能かと思われたそれは、僕の中の『ザリガニはかせ』が発したものなのかもしれません。

最近は、そういう気持ちを素直に表現していけたら、と考え始めております。
開いていけ、僕。

【追記】 ふと、『ザリガニ博士』とググってみたら、ゆるキャラがいるようですね。

うむむ。

 

世界のザリガニ飼育図鑑

世界のザリガニ飼育図鑑

  • 作者: ジャパンクレイフィッシュクラブ
  • 出版社/メーカー: エムピージェー
  • 発売日: 2002/04
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 28回
  • この商品を含むブログを見る
 
ざりがに (かがくのとも傑作集―どきどきしぜん)

ざりがに (かがくのとも傑作集―どきどきしぜん)

 

 

次回予告(明日になってみたら違うことが多々あります)

言葉は分からずともバスケットボールがあれば伝わった
RSS購読 rss-button-off