アメリカの田舎『Coalinga』という町に留学していたときのこと

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パソコンの写真を整理していたところアメリカ留学時代の写真がでてきたので、今日は当時のことについて綴ってみようと思います。

カリフォルニアのCoalinga(コーリンガ)というところ

僕は高校を卒業後、アメリカカリフォルニアのCoalingaというところにある、West Hills Community Collegeに留学しました。

初めてCoalingaに足を踏み入れた時は、「なんてとこに来ちまったんだ」と心の中でつぶやいていたのを覚えています。
Los Angelsの空港から乗り継いでFresnoという最寄りの空港に小型機で着陸し、そこから送迎車に乗って学校に向かったのですが、Coalingaに近づけば近づくほど辺りに何も無くなっていき、少しだけ草の生えた砂漠みたいな景色が続きました。

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僕は日本の大学の雰囲気というか、サークルやって遊んでみたいな感じが嫌で、単純に「じゃあ、アメリカ行きたい」と決めただけだったので、ほとんど前調べをしていませんでした。
それでも送迎車は学校に向けて進んでいきました。

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LAまでの飛行機で隣がアメリカ人の年配の女性だったのですが、その方にどこに行くのか尋ねられたので、Coalingaと答えたところ、「なんでそんなとこ行くの!?」と強めに聞かれた意味にその時ようやく気づき始めていました。

West Hills Community Collegeでの生活

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学校に着くと黒人の寮長が迎えてくれました。

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完全に何言ってるのかわかりませんでしたが、なんとなく寮の部屋に案内されました。

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2人部屋なのですが、最初のルームメイトはインドネシア人でした。

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写真は2人目のルームメイトのオーストラリア人と一緒だったときのものです。
彼はいわゆるオタク気質で、人を銃で撃つ系のゲームをやっては、パソコンに向かって「F***********ck!!!!!」といつも叫んでいました。

慣れると気持ちの良い場所

気候は暑くてもジメッとしていなく、日本の気候とは全く違うものでした。

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その中でバスケやらサッカーやらとにかくスポーツをしていました。
ただ、夕方には風向きが変わって、遠くにある大きな牛舎からう○この匂いが漂ってくるのが難点でしたw

治安も田舎だけに良く、夜も怖い思いをしたことはほとんどありませんでした。

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ただ、そんな田舎だけに、指名手配者が身を隠しにきたりするようで、その濡れ衣で警察に囲まれたことがありました。
数人の警察に銃を突きつけられ、「Don’t move!!!」と言われた時のことは一生忘れないでしょう。

そんな田舎なだけに、信号もほとんどなく、近くの大型スーパーまでは歩いて20分ほどかかりました。

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海外のスーパーって楽しいですよね。

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見るだけで楽しいので買うもの無くても時々行っていました。

印象に残っている友人

留学先には色々な人がいましたが、高校で全米一になったバスケットボールチームにいたという友人が強く記憶に残っています。
僕はバスケットボールが好きで、学校近くの外にあるコートでいつもバスケをしていました。

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そこに時々いるバスケットボールチームのメンバーである彼と仲良くなり、一緒にバスケをするようになりました。
当時黒人で唯一話せる相手となり、寮の部屋にもよく行きお互い勉強を教えあったりしました。
基本、僕が彼に数学などを教え、僕はその中で彼から英語を教わるといった形でした。

彼は高校の終わりの頃に大きな怪我を足に負ってしまい、その頃もまだ全快している状態ではありませんでした。
若干足を引きずったような状態だったのですが、それでもダンクしていたので、全快したら相当動けるタイプだろうなと思いました。

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そんなある日、彼が僕の部屋を訪ねてきましたが、いつもの陽気な感じはなく表情に影がありました。
大事な話があると言われ、彼の部屋に行こうと言われついていきました。
彼の部屋に行くと、彼は学校をやめて地元に戻らないといけないという旨の話を僕にし始めました。
家族のために金を稼がないといけないから、地元に戻り仕事をするとのことでした。
学校をやめたくないが仕方がない、と肩を落としていました。

彼がいなくなってしまうことが何より悲しかったですが、全く相談にものれなかった自分が悔しかったのも覚えています。

彼が話すことは僕の英語力で理解できるようにしていたことがほとんどだったんだと痛感していました。

何より、僕はそのような理由で学校をやめなくてはいけないということが起きること自体が正直想像にありませんでした。
自分は恵まれていて甘えてるなと思いました。

そんなお互いが肩を落としているような空気感の中、彼がふと「見せたいものがあるんだ」とベッドの下の箱を取り出しました。
その中から、彼の名前が刻まれた指輪を取り出し、僕にもたせてくれました。
名前の下には数字が刻まれていたのですが、それは彼の高校時代の背番号と話してくれました。

なんと、彼が所属していた高校のバスケットボールチームは全米一になったチームだったのです。

怪我をしてしまったことで、有名校への入学ができなくなり、僕と同じ学校にきたとのことでした。

全米一と言ったら大変なことなので、僕は大変驚きました。
ですが、「お前にしか言わないから、これは他の俺の友達には言わないでくれ」と言われました。
おそらく、この話がバスケチームの面々に伝わり、騒ぎになることを懸念したのだと思います。

まとめ

海外に行くと日本では得ることのできない経験をつむことができます。
それに比例して、日本の良さにも気づくことができると思います。

旅行でもその国の文化に触れる事はできますが、住むことで見えることは数え切れないと思いますので、できれば長い時間を過ごして欲しいと思います。

筆者について

筆者について


1982年、東京下町生まれ。
高校卒業後、アメリカへ留学。その後、「アートが根付いた国では絵だけで食えるのか」を確認するため、ドイツベルリンにてアート活動をおこなう。

日本に戻ってからは、コーディング・オーサリング・プログラミングなんかを経て、ウェブディレクターを肩書きにしておりました。現在は独立し、ブログやサイトの運用を軸に、ウェブサイトの企画提案からデザイン・構築まで手広く活動しております。何でも屋です。

isLog〜イズログ〜では『日々生きること自体が旅』をモットーに、日々の旅を中心に綴っています。

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