【モノへの意識の違い】ベルリンでストリートスナップを撮っていて感じたこと

最近友人がものづくりしているのを見て、ものすごく感化されてます。
やっぱりモノ作りっていいですよね。人間の根底的なもののような感じがするんですよね。

その友人は木を彫っていて、その作り上げられるモノ自体がすごく好きなんです。

ただ、そのモノが良いものとされるには、それを受け取る側の感覚も重要になります。

今日はその受け取る側の感覚について、ベルリン在住中にストリートスナップの撮影を通して気付いたことについて綴っていこうと思います。

「ひとりひとりに個性があっていい」≒「ひとつひとつに個性があったほうがいい」

結論から先に綴ると、日本には『モノを見る』文化が根付いていないと思います。
だからこそ、安くて周りから見て『変じゃない』格好をしようとするのです。

反対に、ドイツのベルリンには色々な人がいました。
道を歩いているだけでも、各々が自由に、個性を隠すことなく闊歩しているのを見ることができました。

日本では同じ格好をした人が俯きながら足早に歩いて行くだけですよね。

ベルリンでは「ひとりひとりに個性があっていい」というのが文化としてあるように感じました。

それと同じように、モノには「ひとつひとつに個性があったほうがいい」という文化がベルリンにはありました。

モノを大事に扱う

オリジナルを尊重する文化 僕はベルリン在住中にストリートスナップのカメラマンをしていました。

その時に感じた事は、皆オリジナルのモノを身につけ楽しみ尊重しているということでした。

ベルリンの街にはファッションデザイナーのアトリエが多く存在し、日本のユニクロのような量販店はあまりありません。
ベルリンの人々に好まれるのは、『個性のある』モノでした。

日本ではこういうことを「人と同じにはしたくない」精神のような形で扱いますが、僕は少し違うと思います。

その人自身の気持ちからのベクトルというよりは、モノが発する個性を受け入れる姿勢があるか無いかだと思います。

ベルリンの人々は『人が作るモノ』を尊重していました。

それぞれが自分ながらに自由に生き、自由な個性を発揮するモノを身につける

これはよく勘違いされますが、『個性のある』モノというのは派手で目立つモノを指しているわけではありません。
ここでは僕がベルリンで撮ったストリートスナップの一部を紹介しようと思います。

日本でモノを作っていて認められない食っていけないって言う人たちは、モノの魅力をわかろうとすることが文化になっている国に行ったほうがよいと思います。

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ストリートスナップの詳細は下記をご覧ください。

海外ベルリンで撮影したレディースファッションストリートスナップ

【海外メンズストリートスナップ】ベルリンで撮影したファッションスナップ

 

筆者について

筆者について


1982年、東京下町生まれ。
高校卒業後、アメリカへ留学。その後、「アートが根付いた国では絵だけで食えるのか」を確認するため、ドイツベルリンにてアート活動をおこなう。

日本に戻ってからは、コーディング・オーサリング・プログラミングなんかを経て、ウェブディレクターを肩書きにしておりました。現在は独立し、ブログやサイトの運用を軸に、ウェブサイトの企画提案からデザイン・構築まで手広く活動しております。何でも屋です。

isLog〜イズログ〜では『日々生きること自体が旅』をモットーに、日々の旅を中心に綴っています。

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