美術・芸術・アート(ART)日本に根付かず歩き回る価値観

僕はドイツの首都ベルリンに住んでいたことがあります。
ベルリンではアーティストとして活動をしていました。

日本の美術系専門学校を出てからベルリンに行くまでは日本で活動していましたが、鳴かず飛ばずでした。
活動と言っても、自分をプロデュースすることもなく、大したことはしていないので当然ではあります。

そんなどうして良いかわからず戸惑っていた中、当時良くしてくれていた知り合いの方(その方はNYでアート活動をしていたことのある社長さんでした)に、「なんで本場でやらんねん。日本でアートやったって意味ないやん」と言われたのです。
これがきっかけになりました。
全くそんなことを考えたことも無かった僕は、当時かなりの衝撃を受けたことを覚えています。

海外でアート活動をしよう、と決めた僕は、専門学校で出会った親友に海外でアート活動をすることを打ち明けました。
そうするとなんと、親友も行くという話にその場でなり、とんとん拍子で2人で海外に行くことになったのです。

その後、行き先を考えた結果、ベルリンに行くことを決断したのです。

ドイツは、

  • ワーキングホリデービザでいけるところ
  • アートが活発で生活に馴染んでいるところ

などの理由で選びました。

日本には何故アート(ART)が根付かないのか。日本人でアーティストを志す人が海外で活動するべき理由とは。

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僕が日本ではなくベルリンでの活動を選んだのは、日本にいては確認ができない下記について確認したいと思っていたからです。

海外には自称を含めアーティストを職業としている人がたくさんいる。
海外であれば、有名なアーティストでなくとも作品(絵や写真)を売って暮らすことができるのではないか。

日本では賞を取って名を売るなど、有名なアーティストでないとなかなか生活をするにはアートだけでは厳しいのが実状だと思います。

日本にアート・美術が根付かない理由とは

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では日本でアーティストが食べていくのが難しいのは何故でしょう。
それは、『日本の生活にアート(美術)が根付いていない』ことが大きな要因だと思います。

そして根付いていないところに「アートはすごい」という触れ込みでメディアが騒ぎ立てることで、人々はそのイベントに行っても心に浸透することなく、上辺だけの騒ぎで終わってしまっています。

アートの価値観が押し付けられ、その押し付けに意見することもできず、価値観だけが一人歩きしているのです。

日本のアートの浸透率を探るには、身近な人に次のような質問をしてみればすぐわかると思います。

  1. 「アート作品をこれまでに(特に社会に出るまでに)買ったことがありますか?」
  2. 「自宅に絵や写真などアート作品が飾ってありますか?」
  3. 「身近な人にアーティストを生業としている人がいますか?」

皆さんの答えはいかがでしょうか?
上記の質問に全てYESという方もいるかと思いますが、多くの場合はNOのほうが多いのではないでしょうか。

親など自分より年配の人にアート作品を買うという慣習が無いため、小さい頃から育つ上でアート作品を買うという習慣は身につきません。

自宅にアート作品を飾ることについても同じです。
そういう慣習自体がほとんどありません。
これは日本の家が狭いことも関係していると僕は思います。

「飾るスペースが無い」と言う言葉を日本では何度も聞きました。
海外は部屋が広い分、自由に使えるスペースも単純に多いです。

また、日本においては人と違うことは悪とされることが多く、学校の美術の授業で人と違うモチーフの絵を描いたら、それだけで怒られてしまうような環境にあります。

アートの本質は『表現すること』にあると僕は思います。

その『表現すること』は自分の想いややりたい事を利益に関係なく見せることから始まります。
その行為自体を否定されてしまっては、伸びるはずの個性がそこで止まってしまいます。
それはつまり、アートを見せる側の個性もアートを受け取る側の個性もつぶしてしまうことになるのです。

「一般的に」考えると、アートという概念自体が否定されてしまっているように、僕には思えるのです。
これでは生活に根付くはずもありません。

これは伝わることが成功とされ商業化された客観的な要素が基礎となる『デザイン』とは異なります。
日本には、「人からもらえるもの」を受け取る文化はありますので、デザインは生活に浸透します。
デザインは万人に理解されることが前提だからです。

それとは異なり、『アート』は主観的なものです。
万人が良いと思えるようにと設計していないものが日常に入り込んできた時、「それが何であるのか」といった意識が人には生まれるのです。
その意識の中で人は良し悪しを決めますが、個性を非とする日本では、個人としての気持ちよりも万人がどう思うか、という意識が強くなってしまいます。
結果、「アートはわからない」という言葉に集約されていきます。

アーティストを職業にしたいならアートが生活に根付いている国に意識を向けて欲しい

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「一般的に」アートが人々の生活に根付いていない環境では、アート作品は売れるはずもなく、アーティストという職業が成り立つはずもありません。
日本でアーティストとして生きるのが難しいのは何故かはもうわかるかと思います。

美術系の学校に行ったからといって、『アーティストを職業とする方法』を教えてはくれません。
アーティストを生業としている方が教員として来ていれば話は聞けるかもしれませんが、多くの場合は『アーティストだけではやっていけないから』教壇に立つのです。
そういう事実があるにも関わらず、「アートでは食べていけない」と教えてくれる教師もなかなかいないでしょう。
現実に、日本でアーティストを職業としてやっていける人間はごく一部です。

では、アーティストを職業として生きていきたい場合、どうすれば良いでしょう。

それは、日本を出ることです。

日本でアート活動をしていてなかなかうまくいかないのであれば、その環境を変えて欲しい。
アートが生活に根付いている国で、思う存分アート活動をして欲しいのです。

自分の環境はいつでも自分で変えることができるのです。
たった一度の人生をどう過ごすかは、自分次第なのです。

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ここで僕がベルリンでアート活動をする際に確認したいと思っていた疑問に戻ります。

「海外には自称を含めアーティストを職業としている人がたくさんいる。
海外であれば、有名なアーティストでなくとも作品(絵や写真)を売って暮らすことができるのではないか。」

ベルリンでの生活を通じての経験としてですが、 アートが生活に根付いている国(僕が実際に経験があるのは、ドイツベルリン・アメリカニューヨーク)であれば、アート作品は売れます。

アーティストとして生活ができます。

僕はベルリンの世界遺産の博物館島というところのアートマーケットに出店し、毎週末作品を売っていました。

小学生くらいの子供が「引っ越しをしたから新しい部屋に写真を飾りたい」と僕の写真を買っていったりと、作品を売る中でいろいろな貴重な体験をしました。
アートが子供の頃から生活に根付いている国だからこその出来事だと思います。

ドイツベルリンでのアート 文化にアートが根付いていること

最初こそなかなか売れませんでしたが、週末土日の販売だけで、最終的には生活費を捻出できるようになりました。
世界遺産という土地でもあったため、多くの国から観光客が来ていたため、結果的に僕の作品は25ヶ国の方のお宅に連れて行ってもらえました。

また、ベルリン在住中は、僕の周りにはアーティストがたくさんいました。

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それは僕がアート活動をしていたこともあるのですが、引っ越した先のアパートの住人がアーティストだということもありました。

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そして皆、生活の質に差はあるものの、アーティストを生業として生活していました。

アーティストを職業として生きることが、アートが生活に根付いている国ではできる可能性が十分にあるのです。

ここまで僕が綴ってきたことは、アーティストとして「名を売ろう」というものでは全くありません。
名を売りたいのであれば、ギャラリーで展示をしたり、賞を取れるように活動したり、キュレーターに売り込んだりする必要があるでしょう。

僕は『平日に作品を作って土日に売る』ということで食べていけることがとても幸せでした。
ベルリンでの活動後、NYにて展示をすることになるのですが、その展示で僕はアートを生業とすることを辞めました。

僕には、アートを資産としてしか認識していない人に高値で作品が買われるよりも、子供が10ユーロ片手に部屋に飾る作品を僕のもとに探しに来てくれるほうが、よっぽど嬉しかったのです。

日本でアーティストを志して活動している方々は、「自分にとってアートとはどんな存在か」「アーティストとして生活していきたいか」を今一度熟考していただき、海外で活動する選択肢があることも考えていただければと思います。

結果、日本にも良い結果になるのではないでしょうか。
僭越ながら。

筆者について

筆者について


1982年、東京下町生まれ。
高校卒業後、アメリカへ留学。その後、「アートが根付いた国では絵だけで食えるのか」を確認するため、ドイツベルリンにてアート活動をおこなう。

日本に戻ってからは、コーディング・オーサリング・プログラミングなんかを経て、ウェブディレクターを肩書きにしておりました。現在は独立し、ブログやサイトの運用を軸に、ウェブサイトの企画提案からデザイン・構築まで手広く活動しております。何でも屋です。

isLog〜イズログ〜では『日々生きること自体が旅』をモットーに、日々の旅を中心に綴っています。

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コメント

  1. 榊原 より:

    僕は絵を描くことがとても好きで、自分の感情を表現することが出来るのは絵しかありません。日本で売れなかったからそこで終わりではなく視野を世界に向けてみるというこの記事を読んで心の内からメラメラとやる気がでました。
    僕はまだ未成年で行動の範囲には限界がありますが、僕の絵を海外の人に知ってもらえる機会があることを知れてとても嬉しいです。

  2. islog より:

    榊原さん
    そのように絵を捉えられるのはすごいことだと思います。視野はなかなか閉じがちになってしまいますが、何を描くのか自由なのと同じで、世界も広がっているのだと思います。
    まだ未成年の方ということでしたので、試しに海外向けにウェブで作品を公開できるところをお伝えしておきます。
    http://www.islog.jp/entry/artslant/
    コメントいただいて、僕もなんだかやる気が湧いてきました。ありがとうございます。

  3. 井原良忠 より:

    偶然にこのサイトを見ました。
    アートの生業云々は、
    今に始まった事ではありません。
    がんばってください。
    ただアート以前の
    人生と言う命題と向き合ってこそ、
    アートは成り立つ事だけは確かです。
    私なんぞは、もうかれこれ、
    50年もアートに関わり生き続けています。

  4. islog より:

    井原様
    読んでいただきありがとうございます。
    おっしゃる通り、今に始まったことではないから現状こうなっているのでしょうね。
    何をするにしても50年も一つのことに関われているとのこと、感服します。そういった方の考え方や活動が広く一般にも伝わることを願っております。

  5. 井原良忠 より:

    コメント感謝(^^)
    来関の機会があればご来遊ください。
    お名前がわかりませんが?

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